Commentary

2023 / 11 / 10

 

認知症MCIと脳(最近分かった事)

 


人間の脳を構成しているのは、主に「ニューロン(神経細胞)」と「グリア細胞」です。長い間、脳の働きの中心はニューロンだと考えられてきました。近年では、脇役扱いだったグリア細胞も、ニューロン並みの働きをするのでは?と期待される様になりました。例えば、誰もが知る天才理論物理学者・アルベルト・アインシュタインは、ニューロン数の差はあまり普通の人と変わりませんでしたが、グリア細胞の数が明確に多かった事が知られています。実際、記憶や学習能力に関わる脳の「海馬」には、グリア細胞が多く存在する事が知られています。グリア細胞の数は、神経細胞の10~50倍程と見積もられています。

2015年に、慶應大学・九州大学・武蔵野大学・東京医科大学・理化学研究所の研究チームにより、神経伝達物質としてグルタミン酸というアミノ酸の一種が、N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)型受容体に結合して受容体を活性化する事で、隣の神経に情報を伝達しますが、この情報のやり取りが盛んに行われると、シナプスの繋がりが強固になり記憶や学習の形成を示唆する結果を示しました。
また、その量が少ない場合に、統合失調症リスクを高め、逆に、過剰な場合には、アルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症といった神経変性疾患の原因なるのでは?という仮説が知られていました。
この脳の神経伝達では、グルタミン酸がN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)型受容体に結合して受容体を活性化する事で、隣の脳神経に情報を伝えますが、NMDA受容体は、グルタミン酸の結合だけでは活性化せず、D-セリンという特殊なアミノ酸がグルタミン酸と同時に結合して、はじめて活性化を促進する事が知られています。

当研究チームは、人の脳組織において、脳の海馬という特定の領域に存在するグリア細胞がD-セリンを合成する酵素セリンラセマーゼ(SRR)を持つ事を解明して、エネルギー源の供給や、神経伝達の調節、周囲の代謝物やイオンの調節に関係して、脳の情報処理のバランス制御をしている事を示しました。

認知症MCIのメカニズムは、完全に解明された訳ではありませんが、個体差はあるものの脳が必要とする物質の補給は脳循環により行われていて、脳血流・酸素代謝率・ブドウ糖代謝率の低下は、20歳後半~30歳前半になると徐々に低下を見せ始めると言われています。
認知症になりやすい基礎疾患としては「糖尿病」「高血圧」「脳血管障害」「心臓疾患」が、知られています。これの殆どが、血管・血流に悪影響をもたらす疾患として注目されています。実際、血管・血流に悪影響をもたらし、脳循環が低下すると、脳が栄養失調の状態となり、認知症MCIリスクが高くなります。

血管は、動脈・静脈・毛細血管(末梢血管)に分類されますが、総断面積比は1:2:700(600~800)とされていて、その総延長距離は10万Km相当(地球2.5周)にもなると言われています。
また、血管を流れる血流は約5リットル/分とされていて、約20秒間で全身を巡っていると想定されています。個人差はありますが、健康な人の心臓の心拍数は、70拍/分間前後・約80mL/拍ですので、5 L/分間、約8,000L/日近い血液量を心臓が処理している計算になります。一般家庭のお風呂であれば、30~40回分/日を処理している計算になります。
血液は、体内の2個の腎臓にある球糸体(ネフロン)100万個/個を使って、150L/1日の量を濾過している計算になります。個体差もありますが、1.73mL/秒のペースで尿が腎臓で濾過されている計算になります。老化速度と腎機能は、高い相関があり、腎機能が低下すると疾患リスクが増加する事になります。

血液循環が、健康維持に非常に重要とされる理由はいくつかあります。例えば、認知症MCIの患者に多く共通する項目の1つとしては、脳内にアミロイドβやタウ蛋白質の蓄積が指摘されています。健康体であれば、睡眠中に、日中であれば満杯状態の脳内ですが、グリア細胞が縮小する事で、脳内に隙間を作り出して、脳神経細胞の周囲の隙間を通して、毛細血管の血流は、アミロイドβ等を髄液によりクリーン化すると考えられています。質の高い睡眠は、この機能が働く事で認知症MCIリスクを低減させていると考えられています。

半球睡眠と呼ばれる睡眠が、鳥類や鯨類で知られています。睡眠の様式ですが、左右の大脳半球の一側が交互に睡眠状態に陥る状態を指しています。勿論、鳥類や鯨類では、視交叉(視神経が対側の脳に投射される)が完全交叉(100%)となっていますが、ヒトの場合は、交叉している視神経は55%である事が知られていて、脳の視交叉の状況は違っています。
睡眠状態では、記録される脳波が4~8Hzのシータ波や4Hz以下のデルタ波(徐波)が優位とされています。半球睡眠では、「大脳半球が交互」に睡眠状態となります。鳥類・鯨類は、長時間飛び続けたり泳ぎ続けたりする必要がある場合、脳を交互に休ませる半球睡眠が重要な役割を担っていると考えられています。右脳・左脳と言われるように、大脳は中心部の大きな裂け目である大脳縦裂を境に、左右の2つに分けられています。それぞれを右半球・左半球と言って、両者は脳梁という組織で繋がれています。半球睡眠を行うイルカの脳波計測を行うと、右半球で睡眠状態(徐波)が、左半球で覚醒状態(速波)の記録が数分間続いた後に、1分足らずの間に左右の状態が交代し左半球が睡眠・右半球が覚醒となる「半球睡眠」が記録されています。その際,睡眠中の半球と対側の目は閉じており、覚醒している半球と対側の目は開いています(視交叉)。半球睡眠中は,大脳機能の半分が覚醒している事から、外敵に対する警戒を緩める事無く眠る(回復する)事ができると推測されています。実際、睡眠負債が限界を超えると過去大きな事故原因の1つとして、取り上げられています。過去、長距離バスの運転手が、睡魔に襲われそうな状況回避する場合、片目を休ませながら運転すれば、最悪の事態を回避可能かも知れないという朝日新聞のインタビュー記事も紹介されています。
(千葉商科大学2018年度学術研究助成の成果「ヒト半球睡眠の実験的検討」関口 雄祐氏の論説より一部抜粋)

睡眠に関する研究は、日本の筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(柳沢正史機構長他)が世界的にい注目されています。睡眠の質や量に関する脳・生体内部でのメカニズム解明がゲノムや蛋白質の視点から進み始めています。勿論、個体差はありますので、睡眠障害や不眠症・睡眠異常については、全てが同じという訳ではありませんが、その共通に起こっているメカニズムについては急ピッチで解明が進み始めていると期待されています。人によってショートスリーパーで2~3時間でも問題無いという人や短時間睡眠法をマスターして人生の時間を有効に利用しようとするトライも時々見かけますが、脳内部の細胞だけでは無く、神経系や臓器の細胞レベルでの修復にも睡眠の果たす役割は重要な様です。

脳神経やグリア細胞と睡眠サイクルが連携して、脳髄や脊髄液の好循環により老廃物の除去(排出)は、健康長寿や健康維持には大切で不可欠なサイクルと言える様です。血液脳関門の機能障害や低下は、長期的には認知症リスクをUPすると言われています。また、グリア細胞との連携でグルタミン酸が哺乳類の中枢神経系において記憶・学習などの高次機能を調節する主要な興奮性神経伝達物質として異常代謝を示すと同様に脳疾患リスクをUPするという研究報告も知られる様になっています。睡眠の質を向上させる生活習慣は、免疫系や細胞の代謝レベルを上げる意味でも重要な1つである事に注意して下さい。

哺乳類の酸素摂取量VO2maxと重量(個体表面積)は、睡眠と関係があるのでは?という仮説もありますが、齧歯類であるマウスやラット、ハリネズミは、似た傾向を示しますが、ハダカデバネズミはその寿命や腫瘍に対する耐性は全く違った傾向を示しています。また、通常、酸素供給が極端に低下すると長く生存出来ないのが哺乳類の一般的性質ですが、ハダカデバネズミは18分間も劣悪な酸素不足の環境下でも生存可能なエネルギー生成を行っている事が解明されています。また、他のネズミと違い長寿の理由につても細胞レベルで老化細胞を積極的に破棄して新しい細胞を産生する能力とメカニズムが解明されています。

キリンの睡眠時間は、2~3時間とされていますが、20~30分間でも十分と言われています。イルカやクジラ、渡り鳥等の鳥類は、半球睡眠を利用して睡眠と覚醒をそれぞれ右脳・左脳を交代させて休ませながら行動を継続可能である事が知られています。脳の無い生物でも睡眠に近い生体が研究されていますので、睡眠と脳の関係は今後も研究が継続して分子レベルで分かる様になると思いますが、細胞修復という意味でも重要ですので、睡眠の質を上げる事を優先して下さい。睡眠の研究から健康維持や健康長寿へのヒントや創薬が生まれる可能性がありますので楽しみです。是非、限られた時間と生命維持を大切に考えて行く生活習慣を心掛けましょう。

参考: https://www.msdconnect.jp/therapeutic-areas-insomnia-mamechishiki-034-lp/