Commentary

2024 / 6 / 21

 

日本人の高齢化・バイタル・脳 Part1

 


日本人の多くが、日本食が栄養バランスに優れた食事である事を知っています。しかし、一方で、似た様な食習慣を持っている日本人が、病気も少なく90~100歳を超える長寿者がいるのに、癌や生活習慣病、呼吸器疾患、心疾患、脳疾患、認知症MCIになり平均寿命に届かず死亡する人がいる理由を遺伝的な問題or運動不足やストレスからだと考える専門家は少なくありません。もし、健康的な食習慣をすれば、どの程度、疾患リスクを低下させて健康長寿の実現が可能になるのか?について、このセクションで少し健康増進を実現するヒント・情報をシェアしたいと思います。

体内の臓器の多くは、一般的にグルコース(ブドウ糖)を最も重要なエネルギー源にしています。勿論、ご存知の様に、脂肪・タンパク質もエネルギー源として利用しています。しかし、「脳」だけは例外で、脂肪・タンパク質やグルコース以外の糖質も受け付け無いという性質を持っています。「脳」は、人間の全重量の2%程度と言われていますが、全エネルギーの18%を消費する事が知られています。日本人の脳の重量は、男性1.3~1.4Kg・女性1.2~1.3Kg程度で、重量だけで言えば5~6歳になると90%程度に成長して10歳で成人の脳の重量に略近いと言われています。

個人差はありますが、例えば、体重70kgの成人男性の脳が1日に消費するエネルギー量は、グルコース重量に換算して約120g程度と推測されています。脳は、人間の臓器から見て140億個の神経細胞を持ち安静時や睡眠中でもエネルギー消費が進行する重要な臓器であると考えられています。勿論、加齢により脳の神経細胞は、30歳を超えたあたりから徐々に減少すると推測されていて、70~80歳ではMRI画像でも脳細胞の減少が確認できる様になると言われています。一般的に90歳の脳は、60歳の脳と比較して5~7%程度重量が減少する事が知られています。古い教科書では、脳は20歳前半で完成、徐々に減少して再生しないとの記述が殆どでした。しかし、最近の研究報告では、脳には、神経胞を新生する能力のある細胞(幹細胞)が存在し、高齢者の脳でも記憶に関係する海馬周辺の神経細胞の新生が行われているとの発見がありました。

和食・日本食は、最近、世界的に注目される様になりました。和食・日本食は、1つは健康的な食材が多く栄養バランスの良い献立作りが容易でバリエーションが多い点、2つ目はカロリーが控えめで健康維持・生命維持・健康長寿に必要な炭水化物、脂質、タンパク質、ビタミン、ミネラルをハイレベルに纏めた味覚を提供する事を可能としている点、3つ目は、食感・舌触り・香り・素材を活かして生~茹でる~煮る~焼く・炙る・炒めるの調理の幅が広くあり、見栄えや冷たさ・温かさを自由に選択・表現可能な点が広がり感と深さを増して人気を得ている様です。健康面では、味噌・醤油・酢・納豆・みりん・鰹節・塩辛・日本酒等の発酵食品が、アミノ酸、グルタミン酸・GABA・βグルカン等、体内の酵素反応に必須とされるビタミン・ミネラルの摂取を容易にします。

サプリメントは、「グルタミン酸」や「GABA/γ-アミノ酪酸」摂取をPRするものが多くあります。脳細胞が、大きく分けて神経細胞(ニューロン)と神経膠細胞(グリア細胞)とに分類される事が知られていますが、脳細胞の情報伝達には興奮性と抑制性とがあり、興奮性の神経伝達物質の代表的なものがグルタミン酸であり、抑制性のそれが、γ-アミノ酪酸/GABAとなりますので、一定量の保持が必要と考えられています。

また、脳以外でもグルタミン酸の不足は、体内の骨のリ・モデリングに影響するという研究報告もあり、骨粗鬆症を回避する意味でも注意が必要です。 しかし、多くの場合、「脳の働きを助ける」事は出来ないとされています。何故なら「グルタミン酸」や「GABA」は、血液と脳脊髄液の間の物質交換を制限する機構「血液脳関門/BBB Blood-Brain Barier」を通過できないからです。

血液脳関門は、「脳」に対して有害物質や不要物質を簡単に到達させない仕組みとして機能して、色々な制限を設定しています。そうであれば、「脳」はどうやって「グルタミン酸」や「GABA/γ-アミノ酪酸」を脳内部で保持しているのでしょうか?

脳は、高度な神経活動の為シナプス周辺の環境が、血液脳関門/BBBにより保護されています。血液脳関門/BBBの解剖学的実体は脳の毛細血管であり、内皮細胞同士が密着結合(tight junction)で連結しています。下右図の様に、その一部には、ペリサイト/周皮細胞が接着していて、その大部分をアストロサイト/星状膠細胞の足突起が覆っています。ペリサイトは、毛細血管から細小血管のレベルに於いて内皮細胞を囲む基底膜に埋もれた形で存在する血管壁細胞です。体内の他臓器に比して、脳では内皮細胞に対する存在比率が高く、内皮細胞との密接な相互作用により血液脳関門の形成と維持、脳血流の制御に決定的な役割を果たしていると考えられています。アストロサイトは、毛細血管~神経細胞間での物質のやりとりをサポートします。この他に、神経軸索の跳躍伝導及び代謝的サポートを行うオリゴデンドロサイト、脳に於ける免疫応答や神経細胞機能を様々な形で修飾するミクログリアが良く知られています。

この構造により、血液構成成分や投与薬物の内皮細胞間隙を介した非特異的な中枢神経への侵入や、脳内産生物質の流出を阻止する事を可能としています。但し、例外的に、脳室周囲器官と呼ぶ、終板脈管器官・脳弓下器官・交連下器官・視床下部正中隆起・松果体・下垂体後葉・最後野の領域では、毛細血管内皮細胞が密着結合で連結していないため、末梢血管と同様に血液とこれらの組織間の物質の移動は比較的自由です。ペプチド・タンパク質等の親水性高分子は殆どが移動出来ませんが、インスリンやトランスフェリン類は、脳に必要な物質である事から、特別な脳の輸送システム(トランスポート)を通して移動が可能となっています。血液脳関門は、脳が必要とするオメガ3等の脂肪酸を取り入れる一方で、血液中の血漿成分を取り入れない等、大切な脳を外部内部から保護する目的で必ずしも必要としない物質の侵入を防いでいます。比較的新しい研究により、この2つの通過許可・抑制は、「Mfsd2a遺伝子」に依存している事が解明されています。また、血管内被細胞中の炎症等によるIL-17 ➔ IL-6/サイトカイン・ケモカインの慢性炎症誘導により、血液脳関門の機能UP/DOWNが起こる研究報告がされています。例えば、ミクログリアは免疫細胞として知られていますが、炎症初期ではこれを抑制する方向で機能しますが、炎症が継続する事でアストロサイトを攻撃して破壊する結果、血液脳間門の保護機能・バリア機能を低下させる事が報告されています。

血液脳関門は、「脳」に対して有害物質や不要物質を簡単に到達させない仕組みとして機能し、色々な制限を設定しています。もし、そうであれば、「脳」はどの様に「グルタミン酸」や「GABA/γ-アミノ酪酸」を脳内部で保持するのでしょうか?近年の研究成果からは、血液脳関門を通過可能なLグルタミンは、脳内部でグルタミン酸・GABA/γ-アミノ酪酸に変換されるとの推定もあります。現在、エビデンスとして最終結論とする論文は、未だ、直接確認できていないのですが、胎児期には脳内での複数パスで生合成されているとの論文があります。また、グルタミンは、神経伝達物質として利用後もリサイクルされている事も予想されています。シナプシス周辺のグリア細胞が、効率良く吸収・回収するメカニズムが一部解明されていますので、これらの予想の確度は高いと思われます。勿論、興奮性神経伝達物質のグルタミン酸が、シナプスから細胞外へと放出された後に回収されない場合は、ニューロンの興奮が長時間持続する事から神経機能に支障を来す事が知られていますので、を正常維持するには回収は必須となります。研究者によれば、グルタミンが過剰に残留した状態は、脳神経細胞死を誘発してアルツハイマー病・筋委縮性側索硬化症等の脳疾患を発症させると推定しています。逆に、極端に減少すると脳神経伝達の効率が低下して統合失調症になるリスクがあると考えられています。胎児期は、脳の重要機能を失わない様に、GABA・グリシン等が、脳形成の初期段階では、グルタミン酸の作用を代償している事がマウスの実験で確認されています。

少し、余談ですが、何故、認知症MCI患者に歯周病が多いのか?についての研究報告があります。日本歯科医師会は、80-20キャンペーンを展開して80歳を超えても20本の自分の健康な歯を維持する社会に貢献しています。認知症MCI患者との高相関が指摘されている現在では、予防医療という視点から要介護者の増加を抑制する事は多くの人の負担を軽減するので、喫緊の課題と言えます。通常、口腔内には300~400種類の細菌が存在すると言われています。その中で特に歯周病原菌となる特異細菌は、微好気性菌種 Eikenella corrodens (滑走菌種), Wolinella recta、嫌気性菌種アクチノバチルス・アクチノマイセテムコミタンス(A.A菌)、プロフィロモナス・ジンジバリス(P.G菌)、プレボテーラ・インテルメディア(P.I菌)、プロス・スピロヘータ、他が知られています。口腔内、特に、歯と歯茎の間の歯周病ポケットには、1mL中に1億個を超える細菌が生息していると言われています。日本人の40歳以上では、約80%の人が歯周病になっていると予想する専門医もいます。テーマパーク8020の解説では、口腔内唾液成分の糖タンパクが歯の表面に薄い皮膜(ペリクル)を作り、その皮膜の上に付着したミュータンス菌(ムシ歯菌)がショ糖からグリコカリックスというネバネバした物質を作り自分の生息に適した環境を作ると考えられています。口腔内の細菌種は、特に悪玉菌が、細菌性プラークorバイオフィルムを形成し増殖すると考えられています。免疫機能が高ければ、このプロセスはある程度抑制出来る場合もある様です。しかし、歯周病に関する統計データや論文によれば、脳卒中・狭心症・心筋梗塞、糖尿病悪化(インスリン抵抗性)、肺炎、低体重児出産(早産)のリスクが、報告されています。また、Pg菌が、脳に入るとカテプシンBという蛋白質/酵素が「脳」の血液・脊髄液中のアミロイドβ量を徐々に増加させて認知症MCIのトリガーになる事を解明しています。日本人は、歯磨きをするのにデンタルフロスを使う人が少ないと言われています。欧米では、”Floss or Die”…「デンタルフロスを使いますか?それとも死を選びますか?」と言うインパクトのある歯周病ケアのキャンペーンが展開された事もあります。

2018年に東海大学の研究チームは、ストレスと口腔内のpH値との関係を報告しています。平常時の口腔内pH6.7中性が、ストレス時にpH5.2酸性側へとシフトする事を確認しています。歯表面のエナメル質は、モースコード7(鉱物資源の硬度:“水晶”レベル)であり、ダイヤモンド10よりは低いですが、ガラス5・オパール6よりは固い素材です。歯科医院では、ダイヤモンド粉末を付けたエアタービン(30~50万回転/min)で削りますが、通常は非常に硬い歯のコーティングに対抗する事で対応しています。しかし、口腔内のpH5.5よりも酸性側になると歯は簡単に破壊され易くなります。酸性度の高いかんきつ類、酢、炭酸飲料を摂取する人は、体内に入ればアルカリ性になりますが、口腔内では酸性のままですので、食後に水やコーヒー・お茶orブラッシングすると安全です。勿論、最悪なのは、歯茎に住み着いている「酸蝕歯」になります。

「GABA/γ-アミノ酪酸」は、1950年に発見されたアミノ酸で、高等動物においては、体内で蛋白質としては利用されずに、抑制性の神経伝達物質として機能している事が確認されています。脳内では主に、グルタミン酸デカルボキシラーゼ(glutamic acid decarboxylase; GAD)による脱炭酸反応によって、グルタミン酸から産生される事が知られています。通常、グルタミンは、筋肉に蓄積されていますが、不足すると分解されて直ぐに消費されてしまいます。(グルタミンとグルタミン酸は別物質です。)L-グルタミンは、大豆・小麦粉・鶏卵・魚類・肉類・牛乳・チーズ・海藻類に広く含まれています。毎日、摂取して体内産生と維持を心掛ける事が大切です。これにより、必要な「GABA/γ-アミノ酪酸」も安定して体内で産生される事になります。2つの物質の化学構造が、比較的似ていますので、体内で変換される反応も起こりやすいと想像されます。

脳は、多くの人が、思考や感情・運動機能を支援する非常に重要な臓器と考えているかと思います。一方で、病気や運命(寿命等)については、「脳」であってもどうする事も出来ない対象であり、黙って受け入れるしか無いと考えている人も多いのでは無いでしょうか。しかし、注意深く色々調べてみると重症の病気やステージIII or IVの癌から自然治癒して、普通の生活に復帰して数十年と生存した人の話を時々耳にしたりする事があると思います。集中治療室ICU or ERで、全力での救命活動の結果、無事に復活する人と元に戻れずに他界する人に分かれますが、その境界線は何処にあるのでしょうか?